THORNY PATH


Main

Buon compleanno!

 シン、20歳となる日の密かなる
(1994)




 1994、7、7。
 この日にシン・グリッソムは20歳を迎える。
 この誕生日を言うと日本の文化を知っている者達は七夕の日だと言い、知らなくてもラッキーセブンを連想するらしい。
 だが自分に無頓着なシンは当日に大学で祝いの言葉を言われるまで今日という日をすっかり忘れていた。
 そして昨夜、今夜は外で食べようという義兄の誘いはそれでだったのかと気づいたのである。
 だが、義兄によって誘われた約束は潰れた。
 優秀な検死官である義兄ことギル・グリッソムの元に様々な理由と方法で哀れな道へと言ってしまった面々がやってきたことによって白衣を脱げなくなってしまったのだ。
 電話で謝られたもののどこか予想していたシンは笑って許し、また余裕が出来た日に祝って欲しいと伝えて電話を切ったのだ。
 なのでシンは大学で、また義兄の電話越しのお祝いの言葉以外は常と変わらぬ日々を過ごす。
 ……はずだった。


「部屋に招きいれた覚えはありません」


 夕食を食べて片付け、ソファーに座って本に視線を落としていたシンは絶対零度の声を出す。
 シン以外にはこの部屋に存在しないはずなので問いかけるように言われても帰ってくる言葉はないはずである。
「正式な手続きをしても君は招いてくれないじゃないか」
 だが、部屋に心地よいテノールが柔らかく響く。
 シンはそれに驚きも喜びも怒りも無い…ただ本に視線を落としたまま、
「ここは義兄の領域です。お邪魔している私は易々と招く立場にありませんので」
「そんな他人行儀な考えは悲しませるんじゃないかな?」
 先程よりも声が少し近くに聞こえてくる。
 だがそれでもシンの視線は本へと向いたまま。
「義兄に貴方を紹介しろ、とでも言うのですか?」
「君との付き合いは長いからね」
 声が、さらに迫る。
「それに、」
 シンの耳に近寄る声。
「見ただけだけど…君のお義兄さん素敵だしね」
 笑い声と共に囁かれる。
 シンはゆっくりと本に栞を挟んで閉じると膝に置き、顔を上に上げる。
 いつになく優しそうに微笑む口元。
 だがその目には今までに無い見るものを震え凍えさせるような冷たい光が宿っている。
「お断りしますよ。私にだって危険な方を近寄らせない分別くらいあります」
「危険? 私が?」
 電気代節約として薄暗いライトのみ付けていた部屋に、僅かだが、口元までしか見えない姿から意外そうな声が聞こえてくる。
 その声を聞けば異性は一発で骨抜きになりそうな心地よい声だが、シンはそれがどれだけ危険かよく知っていた。
「FBIどころかICPOからも指名手配されている方が危険ではなく何なのでしょう」
 シンもまた不思議そうな声音で笑いながら問う。
「君だって密かに危険視されているじゃないか」
「正確には監視対象ですよ。何せ貴方がよく私の所へ痕跡を残すものですから」
「両方だと思うよ」
 男は楽しそうに笑いながら手を上にあげる。
 途端、唯一のライトが消え、部屋が一気に暗くなる。
 カーテンの隙間から漏れる外からの明かりのみが、この部屋を照らす。
 突然のこと…なのだが、シンは動揺もせずに近づいてくる男を笑ったまま見続ける。
「でも仕方ないじゃない。愛している野バラにプレゼントを贈りたくて会いたいと思うのは当然のことでしょ」
 男はシンの傍までくると上から覆いかぶさるように覗き込んでくる。
「普通ならそうですね。そして私も素直にお礼くらいは言います」
 シンの手が伸びる。
「でも、貴方は別ですよ、『グラトニー』」
 囁くように言いながら何気なく手が白い首へ行く。
 だが、その途中で人物の手がシンの手を掴む。
「まだ何もしていないのに窒息死も首の骨を折られて死にたくないな」
 男は笑いながらそう告げると、シンはにっこりと美しい笑みを浮かべ、
「それは非常に残念です」
 彼にしては珍しく非情を口にする。
 だが男はただ楽しそうに笑って答えると、意外にも素早い動きで掴んでいるシンの手をそのまま持ち上げていく。
 だがその途中で手はさり気なくすり抜けていく。
「――残念」
 男は少し悲しそうに漏らす。
 だがシンの表情は少しも変わらない。
「戯れに来た、だけですか?」
「一番大切なことはまだだね」
 男がそう言うとどこからともなく現したものを見せる。
 外から明かりが飛び込んでくるのと夜目に強いシンはそれを見てさらに酷薄な笑みを浮かべる。
「私、前にお断りしていますよ」
「あれで諦めるのなら今こうしてここにいないよ」
 妙に説得力のある言葉だと感じたシンは少し目を細める。
「答えは変わりませんよ」
「…これと交換、だとしても?」
 シンの目の前に飛び込んでくる別のもの。
 それに……シンの顔に初めて今までに無い動揺を見せる。
「私のを受け取って身に付けて。それが条件」
「……出し惜しみしますね」
「君が本当に欲しいものは私でも手は出せない。これだって交渉した結果なんだよ」
 さあ、どうするの?
 美しい笑みが広がる。
 シンは動揺を押し込めて先程よりも殺気が混じった笑みを作る。
「……正しい付け方はしませんよ」
「いいよ。どんな形であれ身につけてくれるのならね」
 男は嬉しそうな声音でそう答えると、それらを持った手をシンに差し出す。
 シンはことさらゆっくりと手を差し出して受け取るとそのまま握る。
 すると男は数歩シンから離れ、
「二十歳の誕生日おめでとう。愛してるよ、私の野バラ」
 優雅な動作で祝福すると、溶け込むように闇の中へと消える。
 やがてシンは体の力をさり気なく抜くと、手の中にあるものを見つめる。
 一つは古い型だがシンプルな指輪で、もう一つは木彫りの小さな鳥を模した根付け。
「プラマイゼロ…とは思えませんね」
 シンは少し嫌そうに呟くと、それを再び握った。


***


 一応黒バラの送り主登場。
 まだちょろっとですが、いつか出すかも。



(Title:SBY)